私は、不動産鑑定士として、街づくりに携わる者として、世界の街を見て回り、街というものに対する考察を深めることを生涯の目標の一つとしておりますが、この度は、ゴールデンウィーク休暇を利用して台湾へ行くことにしました。
一日目
午前7時50分に離陸する飛行機に搭乗するために早朝から準備をしなければならず、辺りがまだまだ暗い時間に起き、同伴する家族を起こし、湾岸線を車で走り、LCCの発着に使われている関西国際空港第2ターミナルに着きました。
海外でも、その場から、どこにどのようにいくのかなど計画するための情報収集にインターネットは大変重要ですが、そのためには、レンタルWi-Fiが必需品と言えます。直前まで忙しくしており、事前の手配となりましたが、無事にレンタルWi-Fiを、空港で機器を受け取ることができました。
ゴールデンウィーク中の渡航が上手くいくのか心配していた私達は、少々早く着きすぎたようで、午前6時過ぎには、搭乗手続きはすべて終え、待機しておりました。
旅慣れたと思われる方々が、午前6時台後半から続々と現われ、飛行機が出発する頃、待機場は、搭乗者で一杯になっていました。流石にゴールデンウィーク中の空港は人で込み合っています。乗り込んだ飛行機は、ほどなくして滑走路を走りだし、安定しながら離陸しました。
「神農生活」という台湾の食雑貨セレクトショップが大阪にあり、美味しい台湾スイーツを試したり、興味のある台湾茶香水を嗜んだりしておりました。
台湾への渡航は、今回が初めてになるのですが、何かと興味の対象となる国でしたので、とても楽しみではあるのですが、今回の渡航は、台湾の街並みが、日本とどこが似ていて、どこが違っているのかを自分の目で確かめてみることを目的としております。
そして、国際情勢の緊迫を受けて、台湾有事に対する関心も高まっていますが、そのような状況で、実際に台湾の人々はどのように暮らしているのかを確かめることも目的としておりました。
関西国際空港から、台湾桃園国際空港までは、約3時間のフライトです。
飛行機は長いこと雲の中を飛んでいましたが、ふと、外に目をやると、景色が海から陸に変わるところでした。どうやら、飛行機は、すでに台湾付近まで来ていたようです。
飛行機は、まず、台湾北部にある新北市石門区から台湾に入り、その後、台湾の海岸線を飛行し、開通間近となっていた「淡江大橋」の上を飛んで行きました。橋の近くには、その昔、スペイン人がこの地を支配していた時に、築かれたサント・ドミンゴ城、今の紅毛城があるはずです。
飛行機は、新北市八里区の先にある大きな埋め立て地、そして、火力発電所の先を飛んでいきます。白い砂浜が見え、山のところどころにゴルフ場が見えます。空港の北側には、海湖工業区という工業地域があるのですが、飛行機は徐々に高度を下げながら、この工業地に林立する建物の上を下降していきます。高度も低く、建物にぶつからないのか少し心配でしたが、着陸したことに気づかないほど揺れもなく飛行機は台湾桃園国際空港に着陸しました。
気になる国、台湾に、ついに足を踏み入れることができました。
入国審査の列に並び、顔の認証、指紋の認証のため、機械の前に立ちます。
そして無事に審査を終えると、空港ロビーに着きました。旅行会社に市街地まではバス移動をお願いしておりましたので、現地の係員がボードを持って私達を待っていてくれました。キャリーバックを押しながら、女性の係員に名前を伝えて、しばらく椅子で出発を待ちました。搭乗者全員が出てきたと思われる頃に、点呼を行い、一団は、バスに移動しはじめました。
空港では、交通に便利な悠遊カードというものを購入することができると、本では推奨がありましたが、カードを買うような時間はなくバスに乗り込まなければなりませんでした。
バスは、台湾桃園国際空港のある桃園市から台北市まで40分ほどで走っております。車中、私は、台湾の高速道路から見る、マンションやお堂を見るのが面白くてたまりませんでした。
日本の沖縄で見るような、朱色を基調とした彩色のお堂が高速道路の隙間から覗き見えます。高層マンションの外観は、日本とよく似ているのですが、高層階の部分には、日本では見ないような樹の枝分かれのようなデザインが施されています。
また、台湾のマンションには、高層階に、樹木が備わっているものが目につきます。これも日本ではあまり見ませんが、殺伐としたコンクリートの塊でなく、樹が生えていることで有機物も備わっており新鮮です。
マンションに見られるこれらの特徴は、建築コストや、植栽維持コストを考えると、嗜好性だけでは説明が難しく、台湾で重視されている気の流れを整えて、住まいをよりよくする風水の教えに基づくもののように思います。

新北市と台北市の間には、淡水河という大きな河が流れており、淡水河を抜けると中州があり、すぐに基隆河という、淡水河に比べると少し小さい河があるのですが、この基隆河の蛇行したところに、圓山大飯店がそびえたっていました。蒋介石の妻であり、宋家の三姉妹の三女、宋美齢が創立したというこのホテルは、見た目も威風堂々として、迫力がありながらも整っており実に美しい建物でした。
バスは、桃園市から新北市を抜けて、台北市まで来て、高速公路(道路)を降りました。
下道に入ると、2010年の台北国際花博覧会の会場跡を整備した都市公園である花博公園の横を北から南におりていきます。台北市中山区の車道をバスは走りますが、信号待ちの際に、ファミリーマートがあるのを発見しました。日本でもお馴染みの緑、青、白を基調としたコーポレートカラーで、FamilyMartと印字されているところまでは同じなのですが、その見慣れた印字の横に、「全家」と併記されています。
台湾は、今でも繁体字が使用されているのですが、FamilyMartは全家となるようですが、翻訳の趣旨が絶妙です。

バスを大通りで待機させた上で、乗客達はは、換金もできるという大山茶藝という御茶屋さんに案内されて地下にあるお店に入ります。そこで、台湾に入って初めてのショッピングを経験することになりました。
お茶は色々と取り揃えがあり、お茶道具である小さい急須なども販売されています。台湾ドルへの換金レートは良いそうなのですが、私達は、既に大阪駅構内で事前に台湾ドルを用意していたのでその必要はなく、店内をぐるりと見て回り、面白いものはないか物色しておりました。お茶の試飲や、メンマの試食なども勧めてくれます。家族は、小さなお茶やすすめてもらったメンマを気に入って買って欲しいと言います。
オランダに行った際は、ほとんどがクレジットカードで決済しておりましたが、台湾は違いました。まだまだ紙幣でやり取りする店は多いようです。日本の中で換金しておいた1000台湾ドル、100台湾ドルなどが早速、必要となりました。
買い物が終わり、最後は、やはり「謝謝」とあいさつします。現地の人の挨拶を慎重に聞いてイントネーションを覚えました。その後の道中では、何度、謝謝と伝えたかわかりません。
定時となり、バスは観光客を乗せて、それぞれのホテルに回ります。私達が予約したホテルは、そこから車で10分ぐらいの同じ中山区にあります。バスは、私達の泊まるホテルの前まで走ってくれました。私たちの泊まるホテルは、台北市を中心にチェーン展開するホテルの一つでした。荷物とともにバスから下車し、フロントでチェックインを済ませると、部屋の準備が既に整っているということで早速お部屋に入れてもらえることになりました。
部屋のある階までエレベーターで上がり、部屋にたどり着くと旅の疲れもどっと沸いて、ベットに身体が沈んでいきました。
ホテルの窓からは大量のバイク、車が行き交う喧騒な様子が見えます。日本と似ているようで、どこか違う、パラレルワールドのような台湾に来た実感がじわじわと込み上げてきます。
ホテルの窓から周囲を見ていて、気になったのが、建物が、すでに相当老朽化していることと、建物の上に、堅固建物とは言い難いトタンや瓦葺の建物がくっついていることです。まるで地面に平家が建つように、あまりにも当たり前のように存在するのですが、日本であれば、建築基準法及び消防法の観点から指導が出そうな危なっかしい景色です。建物の上のトタン小屋は、日本の都市行政との違いを感じた最初のパンチとなりました。
今回の旅は、忙しく、早朝出発、夜帰国の二泊三日の予定です。
初日から、動かないと時間がありません。私達は、その後、身支度をして、台北市の街を散策するため、部屋を出ました。
台北市の街は、マンションの一階の前面が吹き抜けのアーケード状になっております。隣接するビルも同じようにアーケード状になっているので、雨の日でも、街の人々は、笠をさし続けることなくアーケードの下を移動していました。
建物は、ずいぶんと年季が入っている様子です。現代の生活様態に規格が追い付いておらず、エアコンの室外機が、建物の側面から張り出しています。何かの手違いで、室外機が外れてしまうと、下の階の室外機にぶつかるか道路にそのまま落ちてしまい事故につながりかねません。日本でも、一部の古い建物では、側面から室外機が出ているのを見たことはありますが、あたり一帯のビルで、そのようになっている光景は見たことはありませんでした。

ホテルを出て、最初に入ったお店は、セブンイレブンでした。入ってみると、思いの他、日本で売っているものと商品が同じ、あるいは似ていることに驚かされます。日本のアニメキャラクターを扱ったお菓子のパッケージは、日本と変わらずそのまま置いてある感じです。
日本のコンビニなどでは定番のおにぎりもやはり置いてありますが、味付けは台湾の人向けにカスタマイズされているようでした。店の入り口付近には、味付け卵の入った金属製の器具が置いてあります。これは、茶葉蛋(チャーイエダン)という煮卵で、台湾の4大コンビニで広く見られる、茶葉や醤油、八角などで煮込んだもののようです。冬に日本のコンビニで見られるおでんの調理器具のような感じで置いてありました。コンビニでのお会計は、紙幣ではなくクレジットカードで対応できました。
その後、すぐ近くにある「天仁茗茶」というお店に入りました。
こちらのお店は、神戸の南京町にも支店を構えるお茶専門店です。地元客に交じり、タピオカティーを頼みました。商品は家族の長男が手に取りましたが、ずっしりと大きく、タピオカも美味しかったようです。台湾と言えば、タピオカというイメージがあっただけに本場に来た感じが一層高まりました。
小腹がすかせていた私たちは、コンビニとお茶屋さんで買い物をした後、民権東路という大通りを西に向かって歩き続けます。
台湾の大通りでは、孫文の三民主義に由来する名付けがよく使われているそうです。
民族は民族の独立や帝国主義からの自立を目指す考え方である「民族主義」、
民権は国民の権利を重視し、民主的な政治を目指す考え方である「民権主義」、
民生は国民生活の安定、貧富格差の是正を目指す考え方である「民生主義」を表すそうです。
台湾でのその後の滞在期間中、私達は地下鉄での移動をメインに置くようになりました。地下鉄の駅は、その名も「民権西路」駅です。台湾滞在中は、孫文の三民主義に由来する大通りを使わない日はありませんでした。
私達はどこに行けば良いかも定かではなかったので、とりあえず、日本でも通っていた神農生活が近くにあることを知り、歩いて向かうことにしておりました。そして、民権西路駅まで来た私達は、今後は、地下鉄の線路に沿って南に向かって歩き出しました。
台北市の地下鉄は、台北捷運(Taipei Mass Rapid Transit)といい、台北市とその新北市などの近郊市を網羅しています。日本と同じように色で路線がわかりやすいようになっており、行きたい場所まで、どの地下鉄に乗り、また乗り換えなければならないか迷うことはありませんでした。私達は、後日訪問する北投(べいとう)駅や、台北駅、台北101/世貿駅への移動に際して、民権西路駅から、赤線の淡水信義線によく乗ることとなりました。
民権西路駅から南の通り沿いには、4階ぐらいまでの中低層階の建物が密集している感じでした。中には、圓山大飯店ほどでなくても、朱色を中心に彩色豊かな建物がありますが、そのほとんどが、相当の築年数がたっていることが一目でわかります。

多くの建物は、地上階は店舗、二階以上は居住スペースとなっているような連棟式の建物でした。
建物の建ぺい率はどれも100%近くあり、建物どうしに隙間はほとんどありません。また、地下鉄が走っている部分の地上は、少し広めの通りや芝生を植えこんだ公園となっております。

連棟式の建物のお店の一つに目を向けると、スパイシーな味付けを施したフライドチキンが売っておりました。現地の味が楽しめるので、いくつか注文したところすごいボリュームでしたが、全部で200台湾ドル、日本円にして1000円程度でした。お店には青果品、衣料品、簡単につまめる食品を売る店など様々です。朝市がやっていたのでしょうか、露天のようなものも並んでいた様子です。
その後も、南下を続けていると、家族が、かき氷が食べたいと言うので、地図アプリで、いくつかお店の候補を見つける事が出来ました。
そのうちの一軒「点氷室·ジャビン」というお店に入ると、偶然、日式(日本式のことを台湾では日式と言います)を売りにするお店で、店内は、サンリオグッズやゴジラなど日本のソフトカルチャーが目白押しで、注文は、QRコードから頼むのも日本と同じです。
注文後に届いたかき氷は、台湾と日本のハイブリットのようです。
白玉や宇治なども使われていますが、基本的には台湾の新鮮な食材をふんだんに使ったかき氷です。このお店のお客さんは、主に台湾の子供やティーンネージャーのようです。地域に溶け込むように店内でゆっくりと時間を過ごしました。
その後、遊具を見つけた長女が、建成公園という公園に行きたがり、コースを少し西側にずれることになりました。遊具はブランコ、滑り台と日本でもお馴染みの遊具もあれば、日本では見ない遊具もありました。我が家の長女も日本ではあまり見ない回転遊具に、地域の子供に混じって入れさせてもらい、ぐるぐると回るのを楽しんでいました。
その後、天気も少し怪しくなり、雨がぱらつくように感じ、公園を後にします。少し東に道を戻し、南に進みます。人通りの多いスクランブル交差点の向こう側にデパートが見えます。
誠品生活南西という5階建のデパートでその4階にはお目当ての神農生活が入っています。
早速、デパートの一階から中に入りましたが、店内の様子は、日本のデパートと大きく違う所はありません。ただ、建物内の店舗はどれも日本では見たこともないようなものばかりです。4階のエリアは食品関係が集まっているようでしたが、中でも薬膳のお店などは日本で見ることもないものであふれており、何が売ってあるのかと興味津々です。
台北市にある神農生活は、あべのハルカスに入っている店舗より品揃えが格段に充実しており、日本では見ないようなものも多く揃えていました。私は、のどが渇いていたので甘茶を缶で買うことにしました。日本人観光客が多いと見えて、店内では日本語が飛び交います。
神農生活を見終わった後は、5階の本屋にも足を運びました。
そこには、台湾の本だけでなく、日本語で書かれた雑誌、書籍が非常に多いことに驚かされました。日本の経済誌や建築雑誌などがそのまま置かれています。また日本観光のガイドブックも多くありました。併設されている文具店も、日本の三菱鉛筆などを中心に品ぞろえ豊富で、日本の文具店と錯覚するほどです。最近はやっているシールも、日本の百円均一ショップなどで販売されているものと変わりありません。
先ほどの神農生活では、台湾の地域性を大事にしつつ今どきの台湾商品を沢山見ましたが、本屋文具では、日本語があふれており対照的でした。デパートの中の本屋文具店という性質もあると思いますが、私たちが台湾に興味があるように、台湾の人達もまた、日本の文化、商品に熱視線を送っていることがよくわかりました。日本人にとっては、繁体字や日本語での説明も多く、親しみを感じずにはいられません。
色々と店内を見て回りますが、子供の体力を考えて、ショッピングもほどほどにデパートの外に出て、更に南西を目指すことにしました。目指す先には、台北駅があります。日本で言えば、東京駅にあたるような、高速長距離移動電車の駅も備えるこの大きな駅の東門に、オプショナルツアーに参加するべく夕刻集合することになっていました。
ツアーの先は台北市からバスで1時間近くかかる九份という街です。この街は、宮崎駿アニメ「千と千尋の神隠し」で一躍有名になったそうです。なんでも映画の中で表れるユニークな建物は、ここにある建物がモデルになっていたようなのです。
台北市から少し離れた場所に行ける期待を胸に台北駅構内あるいは周辺を散策していたところ、トイレを探して離れた家族が、日本でも買ったことのある台湾のサンドイッチを買って帰ってきました。洪瑞珍(ほんれいぜん)というこのサンドイッチ看板メニューは「満漢」です。
しっとりした食パンに、ハム、チーズ、たまごを挟み、甘みの強い自家製マヨネーズがかかっているこのサンドイッチは、甘みが利いており、デザートサンドイッチのようにも思える、日本とは違う独特の味のバランスを感じさせます。
サンドイッチを頬張りながら、駅の外の広場でくつろいでいると、参加者が集まっているのが見えました。私達も人の輪の中に入り、ツアー添乗員のお話を聞きます。バスは、九份行き、十份にも行くコースで別れ、別々のバスに乗り込みます。用意して頂いたバスに乗り込み、いざ出発です。
バスは、台北市から、高速公路(道路)に入ります。調子の慣れたガイドさんが、九份のおすすめの観光モデルを丁寧に説明してくれました。九份は、入場規制がかかっているようで、バスで直行はできないようになっています。
街から少し離れたところに、バスの乗り継ぎ場があり、基隆を拠点とするバス会社が運航するバスに乗り換えます。ここからは幅員の狭い山のくねくね道を進んでいくことになります。対向車も出てくるので、急減速、急カーブで、身体を振り回されますが、バスから見る景色で、いつのまにか随分と高い所まできたことがわかります。
山肌に点在する九份の家々はどこか異国情緒にあふれています。山道を走るバスの乗車時間はそう長くなく、ほどなくして九份の街に到着しました。
九份は、日暮れにかけて景色が映えます。
山肌に沿った階段状の通路に面して、木造建築が並んでいます。私達が到着したのは、これから日が暮れるという時間帯でしたが、ガイドさんがお勧めしてくれたお茶のお店に入るため急ぎました。お店の前には既に長蛇の列ができており、店内に入る頃には辺りはもう暗くなっていました。
九份は、異国情緒あふれる街で、海外から多くの観光客が押し寄せているようです。狭い階段状の通路を足の踏み場がないほどに人々が往来しており、ガイドの方も盗難にあわないように注意を促していました。
お店に入ってからも、テラスからは、屋外にあふれ出ている観光客の多さが目につきます。しかし、これでも、観光客は少なくなったとガイドさんは言っていました。
既に大勢の人が身動きとれない状態にあるのを目の当たりにして信じることができませんでしたが、台湾は、今、国際情勢で厳しい状況にあり、中国からの観光客が、ほとんどいない状況になっているそうです。私達は、本来であれば、14億人以上の人民をかかえる中国からの観光客がいるはずの場所に来ているそうですが、幸か不幸か彼らはここに来ることが難しくなり、入店までの待ち時間は少なくて済んでいるようなのです。
日本では、台湾有事が話題にならない日はほとんどありません。台湾渡航の手配をした次の日も、台湾海峡は、中国軍の包囲を受けていました。正直、今回の台湾行きも、場合によっては中止せざるを得ないと考えていたほどの国際情勢の厳しさは、意外な形で私達に影響を与えていることになったのです。
そのような中で私達は、幸いなことに、街が一望できる窓際の眺望の良いテラス席を用意頂きました。着席すると、ほどなくしてスタッフが来て、お茶の説明を始めました。
日本でも、台湾のお茶は人気が高く、以前にもイベントに足を運んだことはありました。
今回、本場台湾で、阿妹茶樓(あーめいちゃーろう)という老舗茶藝館にて、台湾の伝統式なお茶を頂くこととなりました。茶器をお湯で温め、小さな急須に茶葉をつめます。一塊の茶葉から数回お茶を楽しむことができるという説明と、日本の落雁のような御茶うけのお菓子を頂きます。
九份の建物は、レトロな趣があるのですが、斜面地に合わせた段状の配置されており、建物が立体的に連なるように立っています。メインロードは、豎崎路という階段状の道路です。この階段にしか面していない建物もあるように思いますが、日本であれば階段にしか面することのない建物は、ほとんどあまり見ません。
日本の建築基準法では、建物の敷地は建築基準法上の道路に2m以上接面することが条件となるのですが、道路も4m以上の幅員であることが要件とされております。これらの道路は、車両の通行も可能であることが多く、阪神間では階段状の建築基準法上の道路は見ません。
このような階段に商店が並ぶのを日本で見たことはあるのですが、それは金毘羅山の石段沿いの店舗でした。
この地域も、古くからの建物が、石段の参道沿いにひしめき合って軒を並べております。街並みを見ていて、金毘羅山を思い出していると、実際に新北市瑞芳区九份と金毘羅山のある香川県琴平町は、姉妹都市として交流していることを記念する石像を見つけました。
調べてみると、二つの町は、やはり町の雰囲気や歴史的背景の共通性をきっかけに2016年から交流しており、2018年に正式に友好交流協定を締結したのだそうです。思いがけず、自分の頭の中に構築されている街の様子に関する分類は間違っていなかったことを確認することができました。

茶藝館でお茶を嗜んだ後、ガイドさんにおすすめ頂いた通り、タロイモ団子のお店に向かいます。阿柑姨芋園というおすすめ頂いたお店は、階段状の豎崎路の一番高いところにあります。
人込みからはぐれないように気を遣いながら、階段を登り、お店につきました。
ここでは、メニューも絞られており、お客さんは、次々とカウンターで注文して奥に入っていきます。私達もタロイモ団子の入った冷たいデザートをいくつか頼み、奥のテーブルで頂くことにしました。
タロイモは、日本ではあまり見かけませんが、台湾では、ホテルの朝食や、その他の場面で結構出てきます。

その後、阿蘭草粿というお店に向かい、草餅を買い、江家餅舗というお店で、お土産用のパイナップルケーキを買いました。集合場所は、花文字というお店の前でしたので少し早くに行き、私達の名前である「長谷川」を花文字で書いて頂いたものを購入しました。
九份での滞在時間は、限られていましたが、ガイドさんの素晴らしい説明もあり、主要なスポットは抑えることができ、美味しいものを買うこともできて満足の行く経験でした。加えて、日本の建築基準法などを念頭に街の在り方も考察することができました。
この日は、それだけでは終わらず、ツアーの最後は夜市になります。台北市の夜市と言えば、士林夜市・饒河街観光夜市・寧夏夜市が規模も大きく有名とのことですが、私達はその中の松山区にある饒河街観光夜市(じょうががいかんこうよいち)に行くことになりました。
この夜市は、屋台飯、買い物、ゲームがそろう大きな夜市です。
お目当ては、ミシュラン・ビブグルマンでも取り上げられたことのある蔥海手工蔥油餅でしたが、お店は夜市の入口近くにあり、すぐに買う事が出来ました。その後も、子供用の射的や、その他の屋台飯を回り、台湾の夜を十分に堪能し、バスに乗り込み、台北駅で降ろしてもらい、民権西路までMRTに乗って帰り、ホテルに戻ることができました。
二日目
朝は、ホテルの朝食から始まります。このホテルでは、朝食をビュッフェスタイルで提供してもらえるので、家族はそれぞれ好みのものを選ぶことができます。ご飯ものは、御粥と、魯肉飯を選ぶことができました。私は茄子を使った野菜炒めと魯肉飯を中心に必要な分だけ取りました。
二日目は、故宮博物院に行くことにしていました。
淡水信義線に乗るため、プラスチック製のコイン型の切符であるトークンを人数分購入します。コインは入場するときは、改札口にかざすとチップを読み取られ開きます。出る時は、コインを投入口に入れると開きます。コインはそのようにして、再利用のために回収される仕組みを持ち合わせています。
私達は、淡水信義線で北上し、蒋介石の邸宅があることでも知られる士林の駅で降りました。
故宮博物院は、MRTの駅からも少し離れた場所にあるので、さらにバスに乗らなければなりません。事前に調べており、故宮博物院に行く系統のバスの番号は絞っていましたが、どのような順路で進むのかまでははっきりとしていませんでした。バス停は、工事のため一時的に移動していたようで、臨時で設けられたバス停を見つけたところ、故宮博物院に行くと思われる系統のバスが入ってきたので、とっさに乗車しました。
商業地しか知らない私たちは、バスの車窓から、台北市の住宅街を見ることができました。
緑の多い車道をバスはスピードを出して進んでいきますが、私たちの準備は不十分だったようで、バスは台北市の私立大学である東呉大学が終点で、私達もそこで下車するしかありませんでした。同じバスに乗車していた親切な方が流ちょうな日本語で、故宮博物院に行くためのガイドをしてくれました。ただ、私は、この場所まで来れば故宮博物院までは徒歩で行けることを確認していたので、皆で歩いて向かう事を選びました。
途中、全家に入り、買い物をしました。台湾では、お茶レベルが相当に高いようで、コンビニで買うお茶にも茶葉が入っていることが確認できます。ただ、セブンイレブンと同様、全家でも日本とよく似た商品の多さに驚かされます。
コンビニで補給した後、歩いて故宮博物院まで向かいます。途中、壮麗で大きな家が並んでいることに興味を持ちました。森を背後に控えたレンガ造りの三階建ての建物が林立しているのは、自然との調和も適っていて見ていて気持ちのよい街並みでした。やがて、ショートカットのルートを見つけ、裏口から故宮博物院に入りました。
壮麗にしてスケールの大きな博物館の容姿に息を飲みます。
また、故宮博物院の正面には、高級感のある高層マンションがいくつか建っているのも印象的でした。台北市内は、どこも商業地域であり、高層階の建物が林立していたのですが、故宮博物院の周辺は、閑静な住宅街となっています。
ただ、日本と同様の第一種中高層住居専用地域のように、マンションの建築は可能になっているようで、のどかな山を背後に聳え立つマンションは、不動産業者の視点でも故宮博物院が見えるこのマンションは高額で売買されているのだろうと予測がつきます。日本でも、皇居や大阪城が見えるオフィスは、そうでないオフィスに比べて賃料が高かったり、区分所有建物の価格が高かったりします。

建物の前で記念撮影をした後、ロッカーに荷物を預け、入場口から中に入りました。
館内は、いくつかのセクションに分かれています。所蔵品をアニメーションで動かして展示している部屋があり、少しの間、全員でとどまっていましたが、そのうちに別行動をすることとなりました。子供たちは展示物にそこまでの興味があるわけではなく、早々に館内の喫茶店に収まっていました。
私だけで単独行動できることになり、先に色々と見て回ることができました。
一階から三階まで、随所に宝物が並んでいますが、やはり、陶器に関するコーナーを一番熱心に見ることになりました。清の時代、明の時代と、台湾は、中国と密な関係にありましたが、それより以前の南宋・北宋時代、唐の時代の陶器もありました。
南宋時代の陶器に、日本にも伝来した美を感じる私は、黒釉葉紋碗などの優美な姿に随分と見入ってしまいました。その後、家族とも合流して陶器コーナーの見どころを伝え、かつて中国に存在した優美な陶器を間近に見ることで、日本の人間国宝となった人達が何を目指していたのかを確認できたことを喜びました。
特別展では、空想上の動物たちの所蔵品が並んでおり、沖縄のシーサーの原型と思われるような狛犬を見ることができました。また所蔵品をモチーフに作成されたアニメーションも秀逸で少しの間見入っていました。
その後も、仏像のコーナー、書・絵のコーナーを見て回りました。
煮豚の肉に見立てた肉形石は、表面の模様までそっくりでびっくりしました。ただ、子供たちにとっては、手の仕草で、古来の弓矢が飛んでいく、バーチャルゲームのコーナーや、自分の書いた絵が、スクリーンの中で動き出すゲーム等、遊びがあるものが一番のお気に入りだったようです。
行きは裏口から入りましたが、帰りは正面から博物院を出て、次の行先へ向かうバスが丁度来ていたので急いで乗りました。
次の目的地は、日本統治時代の建物も残っているというレトロな街、迪化街(でぃーほあじえ)です。
私たちは、既に満員であり、立ちながらバスに乗っておりましたが、少し年配に見えた紳士が、私達の子供も立っているのを見て取り、すぐに席を替わってくれました。間違って東呉大学に来てしまった時もそうですが、台北市の人には、とても親切にしてもらったことが心に響きます。台湾の人の親切な心、道徳心に敬服しました。
今回のバスは、MRTで数駅分を移動しますので比較的長い間乗車することとなりました。
街の近くになり、下車しますが、思ったところと少し違っていたようでまた歩いて目的地まで行かなければなりませんでした。ただ、街を観察することが目的である私にとってはむしろ良いことです。
バスから降りたところは、ホテルのある地域とは少し違っており、建物が林立はするのですが、バイクの修理工場などが多く、準工業地域といったところです。まだ昼食を食べていないということで、急遽、近くのお店を探して、地元の人が行くような小籠包のお店を見つけました。
地元住民のための区役所の前を通り過ぎ、大通りから小道に入ります。この小道の両脇には三階建位の建物が軒を並べており、道路幅員のわりに建物に高さがあり少し圧迫感があります。建物はどれも年季が入ったものばかりで、大規模修繕まで手が回っている感じがありません。

そのまま小道を進んでいくと、平家のトタン屋根の建物がありました。
「宜蘭正常鮮肉小籠湯包 大同店」という小さなお店ですが14時近くというのに、まだお客さんは残っており、少ない人数でスタッフが切り盛りしています。ここで、小籠包と台湾の定食を注文して皆で食べることにしました。室内は飾り気なく質素ですが清潔感があります。小籠包用のショウガや薬味は自由のようです。地元の人になった気分で、食事を楽しみました。
その後、目的地に向けて歩いていきますが、蘭州公園という街中の公園で、長女が遊具に乗りたがるので小休憩をとります。私達以外にはほとんど人はいませんでしたが、途中から近くの中高生が来て、遊具の上で二人座っていました。
公園は、四方、建物に囲まれております。建物は基本的にコンクリート造りの堅固建物で、建ぺい率もほぼ100%のため、街は日本ではみないような高密度な建物群です。そのため、公園のような空の見える空間と、高密度な建物の密集郡のコントラストは、日本ではないランドスケープを作っています。
公園で一休みした後も、引き続き、街を歩きます。
すべての建物が老朽化しているわけではなく、時折、新築マンションが建っています。手前側に朱色をメインにした伝統建物があり、その奥に中高層建物がたっているシーンなどは日本ではあまり見慣れないランドスケープでユニークです。
準工業地域のようなビル群を抜けて重慶北路二段という大通りに出ました。
涼州街という場所を西に移動し、途中、保安街49巷という道の前を通ると、そこには屋台が軒を並べている道があることに気づきました。
歩行者専用道路が街の随所に突如現れる様は、街自体も生物のようで有機的に感じられます。涼州街を進んでいくと、季節が良ければ苺大福が買える滋養製菓というお店に突き当たりました。台湾でも、和菓子を食べることができるのですが、小豆が新鮮でとても美味しかったのが驚きです。
この当たりが、レトロな建物のある迪化街のようです。
業者を相手にするような卸のお店が並んでいますが、業務用とは言え、エンドのお客さんも相手にしているようです。「夏樹甜品」というお店に入り、杏仁豆腐を食べることにしましたが、日本で食べる杏仁と違い、とてもクリーミィ―であることに驚きました。
その後も、南の方まで店を見て回り、街の雰囲気を味わいつくしましたが、子供の体力もあり、一度、ホテルに戻ることとしました。民権西路は、歩けないこともないのですが、バス利用にも慣れてきたので、「太平國民小學」の前から、ホテルの前まで出ているバスを見つけて乗ることにしました。
天気も崩れてきて雨が降り出しましたので、子供たちは少し部屋で休んでもらうことにしました。
杏仁豆腐が美味しかったので、他にもお店がないか調べていると近くの晴光公園の近くにも味に定評のあるお店があることに気づき、雨の中、買いに行くことにしました。このあたりも、夜になると晴光夜市という夜市が立つようなので、下見もかねて行きます。「杏福氷館」という杏仁豆腐のお店に入り、メニューを持ち帰り注文しました。どれも日本ではないような台湾独自のスィーツです。
その後、ホテルに帰り、皆でスィーツを食べた後、子供が台湾のポケモンに行きたいというので、MRTを使って出ることにしました。その前に、台湾のアンティークにも興味があるため、台北市で一番大きいと思われるお店を探して尋ねることにしました。
店内は、貴重な骨董品が並ぶということもあり、荷物は受付で預け中に入ることしました。
台湾の骨董品に興味があったのですが、驚いたことに並んでいる商品は、そのほとんどが日本の骨董品でした。
特に明治、大正時代のものが多かったように思います。置いてあるものをすべて見れば、少しは台湾のものがあるだろうと思い店の奥に入っていきますが、そのようなものは見当たりませんでした。
台湾には、古くから使ってきたものというものを骨董品として残すことはあまり行っていないようですが、日本と台湾の意識の差を感じずにはいられませんでした。
少し、消化不良のまま、地元の都市計画に関する専門書があれば、購入しようと思い、近くの地元の本屋さんにも入ってみましたが、地元の本屋には、実務書はなく、子供用の本や、投資に関する本など売れ筋しか置いていないようでした。隣のスーパーマーケットにも入ってみましたが、日本でも売っているような缶詰やお菓子など、日本との違いがわからないぐらいに置いている商品はよく似ていました。
改めて、MRTに乗ります。空港から乗ったバスの中でガイドさんが、今の台北市を見て欲しいとうことで、リクエストのあった台北101ですが、限られた時間のため予定はしておりませんでした。ただ、子供たちが、リクエストした事で、期せずして来ることができました。「台北101/世貿」駅で降りると、今まで見てきたような年季の入った建物とは全く異なる現在の高層マンションがそこにありました。知らない人が見たら東京と見間違えるほどの建物です。

駅から出てきて、台北101に入る時、目に入ってきたのが、「鼎泰豊」に並ぶ長蛇の列でした。
この時は、そこまで興味があったわけではないのですが、後に、お店がファミリー企業として続いており、二代目が事業を引き継いだ際に、国際的に有名なお店になったことを知り、興味を持ちました。中でも、会社が守っている「経営八則」には、経営者として大変興味深く思いました。昨年からの経営を学ぶための視察でも見て回った他の会社との比較などもできて、とても面白いです。
台北101は、とても大きな建物であり、また一つの建物だけでなく複数の大型商業施設が存在するようです。大きなフードコートがあるので、ここで家族は食事をとることにしました。それぞれに自分の食べたいところで食事を買って、テーブルで待ちます。私は、後に晴光夜市に行くことを楽しみにしており食事はとりませんでした。
フードコートは日本とシステムが似ており、お会計を済ませると番号の記載されたブザーを渡されます。ブザーが鳴ると食事の準備ができているので、カウンターに行き、お盆に乗せて持って帰ってきます。家族それぞれが食事を済ませ、目的地のポケモンセンターまで移動します。
地元の財閥である新光と三越が合同して作ったと思われる新光三越デパートの商業ビルがいくつかあり、台北101から歩いて向かいます。途中、ネオンで飾られた夜景が美しく写真を撮るために何度か立ち止まりました。商業施設同士も近接しているため、空中廊下でつながっており、地上階だけでなく移動が可能です。一度、ビルを間違えてしまいましたが、空中廊下を使って軌道修正して、ついにポケモンセンターにつくことができました。

子
どもに聞くと、日本で販売している商品と同じようですが、平仮名、カタカナはなく、すべて繁体字であるため、海外のものであることがわかります。日本でもかえるようなぬいぐるみですが、日本円にして5000円前後と、かなり高いように思います。日本ではそこまで高額にならないと思いますが、海外ではブランド商品の一角としてデパートに並ぶものかと感心しました。自分が思っている以上に日本のソフトパワーの力は大きいのではないかと思いました。
子どもたちはお目当てのポケモンを見終わり、行きしなは気づかなかった空中廊下で、MRTの乗場がある台北101まで帰る事ができることに気づきました。空中廊下から見るこの地域は、夜であっても人は多く、台湾の最先端の場所だということを感じました。
駅まで着くと、乗り継ぎをしながら、いつもの民権西路駅まで戻ってくることができました。遅い時間になるので、子供たちは横になりますが、私と妻は、晴光公園まで夜市に出かけます。饒河街観光夜市(じょうががいかんこうよいち)ほどではありませんが、しっかりとお店が並ぶ夜市がありました。そこで、台湾のソウルフードでありながら、臭いから敬遠されがちと言われる臭豆腐を頼み、ホテルで食べました。臭豆腐は、私は特に気にならなかったのですが、その独特の臭いが強く敬遠されがちとのことでした。
三日目
三日目の朝は、荷造りから始まります。台湾も今日が最終日です。
あっという間の三日間でした。今日は、温泉に入る予定ですから、必要なものをキャリーバックから出して、他のものを詰めていきます。ホテルに忘れ物がないように確認したら、朝食ブュッフェの時間も後30分しかありません。急いでロビーに行きます。
今回、この大きな荷物をもって温泉地に行くことは難しいと判断しました。昨夜から二人で対策をとっていましたが、ホテルから空港に荷物を送ってもらい、その場で受け取ることのできるサービスがあることに気づきましたので、利用することにしました。
ロビーで荷物を預け、鍵も返却してチェックアウトです。
その後、急いで、朝食を食べます。メニューは多少変わっていますが、定番のものは変わっておらず、今日も野菜と魯肉飯を中心に食べます。その後、ホテルとは別れを告げて、民権西路駅を目指します。台北市の今日は朝から大降りの雨です。アーケードがあるので、あまりぬれずに済みます。MRTで北を目指し、北投駅から、新北投駅まで一駅です。
ちょうど、神戸電鉄有馬線のように一駅だけ違う電車に乗る感じです。
一駅だけのために運行された電車は、内装は観光のためにスペースも広くとられていて情緒があります。今まで乗っていた電車は、台湾では平日に当たるので、朝の通勤電車の様子でしたので、その違いがはっきりしています。
新北投駅に降りると、すぐに硫黄の臭いがただよってきました。
ここは、台北市中心とは違い、温泉観光地だとすぐに感じました。雨もやや小ぶりになってきましたが、我々は、韓国からきた団体客の後ろについて、北投温泉博物館を目指しました。この建物は、日本統治時代の現存する建物で、入館料も無料で、外せない場所でした。
煉瓦造りの建物の周囲をぐるりとまわり、日式建築の雰囲気を味わいます。
その後は、館内に入り、この建物がたどってきた歴史を、掲示物から学びました。その昔、赤線地帯であったものが、その後、制度廃止となり、あたりは一度、衰退したようです。かなり長い間、廃屋として放置されていたようですが、地元の中学生が、建物を発見し、学校の先生、また地域行政も味方してくれて、復活を遂げたようです。ここでも台湾と日本の100年におよぶ歴史の交わりを感じずにはいられません。

この辺りの本場の温泉は、湯の温度が高く、子供にはむいていないことがわかりました。
博物館を見終わった後、私達は、「水美温泉会館」というホテルの温泉であれば、日本とそう変わらず、熱すぎないお湯でゆっくりできることを見つけました。ロビーでお支払を済ませ、温泉のある階まで階段で登ります。男湯に子供を連れて入ると下駄箱とロッカーがありますので、身の回りのものを入れて、裸になって浴場に行きます。
北投の多くの温泉では、水泳の時と変わらず、水着とスイマーキャップを着用してサンダルで移動するものとされていましたので、日本と変わらないスタイルで楽しめることは、かえってリラックスできてよかったです。
施設が用意してくれたサンダルで移動する以外は、ほとんど変わりませんが、浴室の床は、テラコッタのようになっており、湯舟も木でできているので、どこか異国情緒が漂っています。熱すぎないお湯につかり、少しすると、リラックスチェアで火照った身体を冷やすことを何回か繰り返します。まさか、海外にまで来て、日本とかわらない温泉に入ることができるとは思いませんでした。
異国の温泉で湯に浸かりながら、充実した日々を過ごすことのできている幸せを噛みしめます。
名残惜しくはありますが、今日は、空港まで帰らなければならないため、ゆっくりもできません。湯船から身体を起こし、更衣室で服を着て、待ち合わせの場所に行くと、妻と娘は既に上がっておりました。家族は、また合流して、駅に向かい歩いていきます。
途中、地元のスーパーに寄りますが、店内にはやはり日本人観光客がおり、日本語が飛び交います。今、台湾は国際情勢で厳しい状況にあるため、渡航には抵抗があるかもしれませんが、この場所ほど、日本人に優しい場所も他にないように思います。
新北投駅から、MRTに乗り、台北駅まで戻ります。
ここからは、空港まで桃園MRTに乗ります。このMRTは、2017年に開通された比較的新しい乗り物ですが、他のMRTとは異なり、乗場も台北駅から少し西に離れたところにあります。
地下であるものの、大きな吹き抜けの開放的な駅です。ここで、トークンを人数分買った後、地上に出て、台北駅南部を散策します。子供たちは、台湾のマクドナルドで食事をさせている間、私と妻は、都市計画の専門書を探すべく三民書局という老舗の総合書店兼出版社に出かけました。
日本の台湾統治下に日本人完了が台湾の人に伝えたという都市計画の講和を基にした都市計画のバイブルが目当てでしたが、店員に尋ねても生憎、欠品とのことでした。たまたま手にとった本は、台湾の不動産トラブルに関する裁判事例集でした。
一昔前であれば、何も読むことはできないところですが、今は、グーグルレンズを使えば、それなりに翻訳ができます。台湾の不動産事情を学ぶため購入することにしました。その他、現代の実務家が学ぶための都市計画の本を一冊買いました。他にも気になる本がここには山ほどあるのですが、時間がありません。後ろ髪をひかれる思いで、子供たちを置いたマクドナルドに帰ります。
少しの間でしたが、子供たちは、何も問題なく過ごしていました。
食事を終えて、私達は、台北駅から桃園MRTに乗り込みました。電車は今まで経験したことのない距離を移動します。市街地を離れて、密林の中を電車は走っていきます。その昔、台湾では樟脳の貿易が盛んであったと聞きます。樟脳の素材となる楠は、このあたりが盛んであったと聞きます。
電車は、40分ほどで空港第1ターミナルに到着しました。
飛行機の搭乗手続きを行うまで少し時間があります。フードコートで、台湾最後の昼食をとります。また、飛行機の機中でお腹を空かせてはいけないとパンも多めに買いました。新東陽という食品加工販売会社が、お土産コーナーとして出店しており、日本で渡すことになるお土産を買いました。中でも太陽餅というお茶うけのお菓子は、日本では見ません。パイナップルケーキだけではなく、他にもお土産にレパートリーがあることを改めて知りました。
いくらか台湾ドルを残した状態でお土産も買い終わり、手続きカウンターに向かいます。
受付して分かったことなのですが、帰りの飛行機が、機材繰りを理由に約3時間遅れているとのことでした。日本と台湾の時差は1時間です。普通に帰っても、時差を考慮して関西国際空港からは終電の関係でギリギリ帰れるかどうかというところでしたが、このスケジュールであれば、日本に戻った時には空港から外に出る手段はなくなっており、その場で一夜を過ごすしかなくなってしまいます。
遅延のお詫びということで晩御飯を食べることができるだけの交換拳を渡されて一旦その場を離れました。
LLCは、費用的にリーズナブルであることがアピールポイントになっていますが、限られた資産で営業しているため、このような事が起きる可能性は比較的あるようなのです。家族は今まで誰もこのような経験をしたことがなかったので驚きましたが、また一つ勉強になりました。仕方なく、日本にいる家族に深夜ではあるが、空港まで迎えに来てもらうようにLine電話で話しました。Lineは使えない国もあるようですが、通じるとこのような場面で非常に助かります。
今いる第一ターミナルより、第二ターミナルの方が施設としては大きいことを聞き、移動することにしました。第二ターミナルは、より大きな空間を利用して、お土産コーナー、飲食コーナーも充実している他、仮眠が取りやすいような静かなフロアーも用意されており、長時間滞在しても問題ない感じになっていました。
子供たちは、フードコートに充電器があることを喜んで、その場にとどまっていましたが、私と妻は、施設の隅から隅まで見て回り、どこに何があるかを確認しました。特に追加のお土産を買う事もなく、ただフードコートが充実していることを確認したので、ここで少し早めの夕食も取ることにしました。ただ、頂いたクーポンは生憎、このターミナルでは利用することができなかったので、いつも通り紙幣を使って食事をとりました。私は、台湾では最後となる台湾スィーツをたのみ、この旅の最後を惜しむことにしました。
そうこうしているうちに、遅れていた飛行機の搭乗時間が近づいてまいりました。手続きを一つずつ済ませて、タックスフリーのコーナーを過ぎて待ち合わせ広場まで進みます。その際に、飲食店がいくつか並んでいたので、ダメでもともとと思いながら、クーポンを使うように息子に伝えた所、ここでは利用することができることがわかり、飲み物と交換してもらうことができました。
飛行機は、後少しで離陸します。
機内に誘導されて、暗くなった飛行機の機内の椅子に身を沈めます。飛行機が飛ぶにあたっての説明を聞きます。今晩は天候があれており、機体が触れることの説明を予め受けます。帰りの飛行機は窓の外からもあまり見えません。飛行機はやがりゆっくりと走り出し、スピードを上げて、空に飛び立ちました。暗い機内で少しの間、眠りに入ります。
関西国際空港まで帰ってきた飛行機は、深夜1時を過ぎていました。いくらかの人は、空港内に留まることを選び、ベンチで横になっています。連絡を取れる人は、車で迎えにきてもらうようにあらかじめ手配していたようです。
深夜1時、義父が車で迎えにきてくれていました。遅い時間にもかかわらず迎えに来てくれたことのお礼を言い、車の運転席に乗り込みます。
今回の旅では、多くの経験をすることができました。そして、渡航の目的である、台湾の街を実際に見て、日本の街との比較を通じて考察を深めることができました。
今の台北市は、日本統治下に進められた都市計画をもとに作られました。
台北市の街は、日本の街と同じルーツを持ちますが、計画後、風水を重んじる台湾の人々によってカスタマイズされたものとなり、どこか違う形になっております。
関西国際空港から深夜の高速道路を走り、家に帰ったのは深夜3時でした。明日はまだGW休暇中とは言え、仕事の予定が入っています。日常生活に戻らなければならないと自分に言い聞かせ寝ることにしましたが、目を閉じると、台湾の喧騒の情景が思い浮かびます。
2026年5月長谷川大輔
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